2012年6月16日土曜日

社会規範と市場規範の衝突

精神障害者の雇用義務化へ 厚労省方針、社会進出促す
厚生労働省は、新たに精神障害者の採用を企業に義務づける方針を固めた。身体障害者に加え、知的障害者の雇用を義務化した1997年以来の対象拡大になる。障害者の社会進出をさらに促す狙いだ。

記事では新たにづけられた精神障害者の雇用義務化を取り上げているが、それだけではなく、民間企業の障害者雇用率が現行の1.8%から2.0%に引き上げとなる(国や自治体、教育委員会の雇用率も引き上げとなる)。

来年度から適用。


同制度については賛成なのだが、考えさせられる問題があった。

社会規範と市場規範

記事について考えたことを述べる前に、社会規範と市場規範の関係について述べたい。
(この問題はダン・アリエリ『予想通りに不合理』に詳しい)


我々は二つの世界に生きている。
一つは他人のためを思った行動に、金銭等で見返りを要求しない世界。
社交性・共同体の必要性と切り離せない社会規範によって行動が決められる世界である。

もう一つは市場規範の支配する世界。
ここでは賃金契約や購買、価格、利息…シビアなやりとりが人の行動を決める。
一見、非人間的に思えるが、支払った分に見合うものが返ってくる厳格さや、独立心・独創性・個人主義を育むものでもある。


この二つの世界の切り分けをうまく行わないと、うまくやっていけない。

社会規範に基づき、善意で行ったことに対して金銭で返されたら誰もが不快に感じる。また、市場規範のもとで行われる取引を友人だからといって曖昧に済まそうとすると、信頼を失うことに繋がる。


託児所の失敗

こんな失敗例もある。

託児所で子どもの迎えに遅れる親が多いことから、罰金を科すことにした。
しかしこの罰金は遅刻を抑制するばかりか、迎えに遅れる親をいっそう増加させることに寄与した。

もともと親と託児所員の間では社会規範が採用されていたが、罰金という市場規範の導入が"金銭"と"託児サービス"の市場的取引をもたらした。(親はお金を払うのだから遅刻するのも自由だと考えたようだ)

さらに興味深いことに、この事態を憂うようになった託児所が罰金制度を廃止した後も遅刻する親は減らなかった(むしろわずかに増加した)。


この事例が物語るのは、社会規範と市場規範の衝突が一度起きると、社会規範は長い間(もしかしたら永遠に)失われてしまうということだ(1)



閑話休題…

前置きが長くなってしまったが、障害者雇用の義務化(目標率未達成時には罰金)にも、託児所の例と同じようなものを感じないだろうか。

障害者雇用を市場規範で促進させようとするならば、
民間企業は罰金を納めるのだから障害者を雇用しないのも自由だと考えるはず、ということだ。

社会のセーフティーネットは前時代では各人が所属する共同体が担っていたものだから、紛れもなく社会規範に基づくものである。

ここに、まさしく社会規範と市場規範の衝突があるように見える。



だとすれば、国は障害者雇用促進を廃止し、企業や自治体と障害者の間に社会規範が形成されるのを待つべきなのだろうか。
託児所の例からいえば、それには長い年月がかかるか、もしくは永遠に実現しない。



廃止したところで事態が悪化するのは間違いない。

そもそも雇用という概念自体が市場規範に基づいているからだ。そのため、雇用主は賃金に基づく見返りを期待せずにはいられない。


また、社会規範による関係で結ばれた人々で動いているような法人が存在しても、外側にいる一個人が新たに社会規範による関係を結ぶことができるだろうか。

障害者雇用義務が発生しない規模で、社会規範に基づく共同体により創立された企業(親族経営・個人経営)などでも、共同体の解体・個々人の分断がなされた現代の日本では、社会規範による関係を構築するのは難しいように思う。


障害者雇用促進法は維持すべき

長く愚見を述べたが、厚生労働省の発表によれば同法は功を奏している。

特例子会社数も順調に数を伸ばしている。


罰金という市場規範を打ち出していても、倫理的な選択を人は行えるということかもしれない。
(もちろんすべての対象団体が達成しているわけではないが)

この結果を見る限りこの制度には存続を期待する。





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ここまで書く途中、またわからないことが出てきた。


CSR活動とは社会規範と市場規範の衝突を産むものなのか。

倫理と社会規範とは別物なのだろうか。


考えてみたい。






1.この段落までは、『予想通りに不合理』(ダン・アリエリ、2008年、早川書房)第4章「社会規範のコスト」に基づいている。


2012年6月5日火曜日

『日本語の作文技術』書評


『日本語の作文技術』

今まで読まなかったのを後悔。本当に参考になった。
文章によほど自信のある方以外は、できるだけ早いうちに読んだ方が良いと思う。

本書で学んだ技術の実践のために、個人的に素晴らしいと感じた点を二つ。

一つは、一文一文を"読み手にわかりやすい"、より洗練された文章にすることを目的としている点。
本書は「構成を考えてから書き始めましょう」とか「段落を分けましょう」、「書いた文章は読み返しましょう」といったライティングスキルの基礎の基礎には飽き飽きしている人が次のステップに進むためのものだ。読み返して感じる違和感をどうやって払拭するか、その技術がきちんと書かれている。具体的には、テン(、)の打ち方や語順の入れ替え。これらで文章が驚くほどわかりやすくなることを、文の構造を図示し、悪文・訂正文を並べることで示している。
また、小説や詩といったあえてわかりにくい表現を用いる文章表現は目的外としているのも明確で良い。

二点目は、Must・Want・Don'tで技術を伝えていること。
(例)
「この場合には必ずテンを打たねばならない(Must)or打ってはいけない(Don't)」
   「テンを打つかは筆者に任されるが、思想を明確にしたいなら打った方が良い(Want)」etc.
本書に記されているのはあくまで技術であり、小うるさい規則ではないから、ルールにがんじがらめになり文章表現の幅が狭まるといったおそれはない。むしろ「思想の最小単位としてのテン」や「符号(。、・(「『”?!=-……` etc.)」の考え方・使い方をMust・Want・Don'tの切り分けとともに知ることで、言いたいことや書くべきことをよりわかりやすく表現する術が身に付く。読み進めるうちに、自分の文章の可能性が拡がるのを感じられる。


個人的にはぜひ国語の教師に読んでもらい、子どもたちにこの技術を伝えて欲しい。
(筆者の時代から国語の作文教育はあまり変わっていない様子…)